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おたんこナース

ここでは長谷川が幼い頃、母親から聞かされた話を書きます。

みんなは大人だろうけど、長谷川は小学生のみそらで毎晩飯時に、

こんな話をモノマネ入りで聞かされました。

どうしてくれる。

ぺったんこ

マザーがどうやってか、このホームページのことを知ったらしい。やばいと思ったが、大丈夫…あれとあれはまだ書いてない。久々に会って、「あんな小さい頃にしゃべった事よく憶えてるな」と言われた。時期でなく、内容によるのだ。岩女といい、油断しすぎの感もあるが、まぁいいや。せっかく会ったんだからネタをもらおう。

「一番酷かった患者はどんなのだった。」と訊いた。

それによると、まだ僕が生まれる前、4、50年も前がめちゃくちゃだったらしい。佐世保は重工業(主に造船)と炭坑があって、昔ともなると安全管理が甘く、とにかく機械に巻き込まれたり潰されたりした人間が多かった。中でも酷かったのが巨大な鉄板が上から降ってきて、押しつぶされた人だったそうな。

「もー端から端までぺたんこで、人間かなんかわかるもんか。『こがんと連れて来たっちゃ困る。持って帰って!』って言うたけど、あん頃の救急隊員はまだわかっとらんけん、どがんとでん(どんな状態でも)持ってくるっちゃん。どうしようもなか!」

そりゃあ、どうしようもない。

 

即死

小学生の頃、ニュースで「○○さんがトラックにはねられ即死…」などという言葉を聞くたびに

「即死だから、苦しんでないはず」と他人の苦しみを共感するのを、なるべく軽減したものでした。当時の僕の認識だと「即死は一瞬、約1秒。」 前にマザーに「即死」の意味を訊いたとき「ガンッて、一瞬で死ぬこと」と説明されたもん。そうだそうだ。

この意見に承認を得ようと思い、マザーに今度はちょっと高度な質問をしました。「何秒くらいで死んだら即死?」

上限を訊いたわけです。で、答えは…「う〜ん、5分くらいなら即死かな」

「すぐじゃないの?」

「すぐは死なぁん、なかなか」

おい!ずいぶん話が違うじゃないか。手足が折れたり、内臓が破裂してからの5分は長いだろう。地面がどんなにか冷たいだろう。以来「即死」という言葉で僕の心が救われる事は無くなりました。

 

人格

小学生の僕は毎日の様に病院に行ってました。

すると必ず一階か庭を車椅子でうろついているオジさんがいました。オジさんの頭には大きく丸い傷があり、そこから頭がドーム状に飛び出していました。

オジさんはいつも楽しそうに「えへえへ」と笑っていました。

若い看護婦さんを見ると「看護婦さーん、おいと○○しよーっ」と猥褻な言葉を投げかけていました。

あの人はなんなのかとマザーに訊くと「交通事故で頭が割れたんだ」と言います。

「道路にこぼれた脳みそをかき集めて、頭に戻して、人工の頭蓋骨でフタをした」そうです。 ワイルドな手術だなぁ。

その人が事故の前はどんな人だったかは知りません。立派な知識人だったかも知れませんが、かっての人格は永遠に失われました。

知識という枝葉が無くなると、人間の本質はみんな、こうなのかなと思いました。

(Hだったけど、意地の悪い人間ではなかった。悪って知識がいるみたいですね。)

 

岩女

重症の躁鬱病患者のオバさんが入院していました。。

患者は鬱状態でベッドの上に丸まったまま微動だにしません。まるで岩です。

何を話しかけても反応がなく、そのうち長谷川マザーも、この患者を岩だと思えてきて、無反応でも気にしなくなりました。

しかし患者はオシッコにも行きません。

このままでは尿毒症になるので尿道に管を通して導尿をしたところ、常人ならとっくに限界、というのの2倍もの尿が出てきました。

鬱というものはこれほど徹底して不活発なものかと驚きつつも、相変わらずの岩状態なのでマザーは再び関心を無くして植物状態の脳死患者のごとく接していました。

しかし、数ヶ月後、マザーを衝撃が襲いました。

岩が起きたのです。

患者は鬱状態のサイクルを終えて、躁状態に入ったのでした。

患者は休むことなく動き回って、誰彼かまわず捕まえてしゃべりまくっていました。

しかも岩だと思って、患者に向かって言った軽口、というかブラックジョークも、すっかり気が緩んだ頃、岩の前で話した、他の看護婦や先生の陰口、他の患者の病気に関する内密の話なども岩は全て聞いており、微に入り細に入り記憶していたことを知りました。

「あっ、看護婦さん、あんた○○さんのこと××って言うとったろ。そいから私のことば△△っていうたよね。あたし全部憶えとっとよ」

「岩」改め「人型スピーカー」は、今や「止まると死ぬ」という強迫観念に憑かれたかのように動き回り、しゃべりつづけたそうです。

長谷川マザーは「もう二度と鬱状態の患者に心を許すまい」と誓ったのでした。

 

飛び降り

あるオジさんの入院患者が病気を苦に、病院の屋上から飛び降り自殺を図りました。ちなみに病院は四階建てです。

しかし何をどう間違ったか、このオジさんは足から、器械体操のフィニッシュのごとく着地してしまいました。

結果、命には別状ありませんが、足先から大腿骨までの全ての骨をぐっちゃぐちゃに骨折してしまいました。

患者は両足を付け根から切断しました。

泣きっ面に蜂です。

車椅子の練習をする患者さんが弱々しい声で言いました。

「死にたかぁ〜」

長谷川マザーは、病気と一生懸命戦う患者や、達観して運命にゆだねている患者は好きですが、

このタイプの、とくに男は「女の腐ったヤツ」と呼ぶほど大嫌いです。マザーはキレて患者に怒鳴りつけました。

「死ねッ死ねッ!あんたなんか死んだほうがマシたい。死になさい!今度は失敗しなさんなよ!」

こんなに患者に死を強制する看護婦も珍しい。

 

 

鍵っ子

小学校低学年の頃、両親が共働きだったにもかかわらず、僕は鍵っ子でありませんでした。

家に鍵がかかっていなかったからです。どこに行くにも一日くらいなら、また寝るときも鍵もかけない治安の良さで

たまに玄関まで開けっぱなしで外出して、近所のネコに台所を荒らされる気の緩みようでした。

田舎というより、地域住民が全て顔見知りの住宅地の利点だったのです。

さて、僕が小学校上級生の頃、突然、今日から夜は、鍵を掛けて寝るというお達しが出ました。

「めんどくさい」と反対意見を出すと、

「いや、今日、病院で頭のおかしな患者から『お前の家族を皆殺しにしてやる』って言われたから」

(ちなみに我が家は病院から徒歩3分、しかもその病院は誰でも出入り自由)

「おめーは病院で何やってんだー」と、心の中で思いました。勿論口には出しません。恐いから。

 

それから何年か経ちました。中学生の僕が病院にいると、知り合いの看護婦さんが話しかけてきました。

「あんたのお母さん、スゴかねー。こないだヤクザが勝手に病室にテレビ持ち込んだとば窓から放り捨てたとよー」

……そうか、そんなことやってんだ。

 

 

窒息

子供の頃、テレビでドラマを見ていました。誰かが目を閉じて安らかに死ぬシーンでした。

長谷川はマザーに、人が死ぬ時はみんな目をつむるのかと訊きました。

「いやー、窒息して死ぬときはみんな、くわっ、って目ば開いて死ぬ。」と答えて窒息死の実演を始めました。

手を鉤ヅメにして目を見開き、「かぁ、かはっ、こぉっ」と、暫くもがいた後、動かなくなりました。

口と目は開いていました。

窒息死だけは嫌だと思いました。

 

 

熱湯風呂

ある時全身火傷を負ったお婆さんが担ぎ込まれました。煮えたぎったお風呂に落ちたということでした。

そのお婆さんを見た憶えはないのですが、彼女の家は長谷川の小学校への通学路にありました。畑の向こうの古い木造一戸建てです。彼女はその家で息子夫婦(または娘夫婦だったか)と暮らしていたそうです。

ところが火傷を見て、皆が首をかしげました。両手首から先と両足首から先だけ無傷なのです。

しかも、悲鳴を聞いた隣家の人が警察に通報して、警察が訪ねたあと救急車を呼んだというのです。

お婆さんは元々の老人性のボケと、火傷のショックでちゃんとした説明はできません。

「絶対あの夫婦が両手と両足を持って、ぢゃぽん、ってお湯に浸けとる」とマザーは断言しました。

医者は警察に報告すると言ったらしいですが、その後夫婦とお婆さんがどうなったかは知りません。

長谷川は通学路を変えました。

 

 

採血ミス

マザーとは別の病院の話です。事故である人が手術することになりました。でも血が足りません。

幸いその人の近所に住む魚屋さんが同じ血液型だったため輸血をかって出ました。魚屋さんの血を抜いて患者に輸血するわけです。最近では機械でこの作業を行います。(急ぐ場合だけかも知れませんが、その辺はよく知りません。)

このとき看護婦さんがミスをしました。吸い取る「吸引」と、吐き出す「放出」の切り替えスイッチを間違えたのです。結果、血を取るはずだった魚屋さんの血管内に大量の空気を送り込んでしまいました。魚屋さんは植物人間になったそうです。せっかくの親切がとんだ結果になりました。

普通の献血は機械で吸い取ったりしませんから、皆さんは安心して献血して下さい。

たしかにこの看護婦さんは取り返しのつかない医療ミスをしたわけですが、彼女は病院から大幅な勤務時間超過を強いられていたため、全てを彼女の責任とするのはおかしい、などと看護協会でも問題になったそうです。

 

 

金玉バレー

金玉を痛打した苦しみは女には分かりません。

出産の苦しみが男には分からないのとあいこです。女があれがどんなにデリケートか知っていたら「痴漢に遭った時、金的を狙え」などと言えるわけが無いのです。痴漢とタマつぶしでは割りに合いません。

痴漢ではなく、電柱に登って作業する人だったと思います。高いところから転落して睾丸を潰した人が病院に来ました。

それを聞いただけでも総毛立つのに、マザーが言うには「金玉がバレーボールくらいに腫上がっている」そうです。

「アレじゃあ当分歩けないね。」

マザーも女なので金玉の痛みがどれくらい長く居座るか知らないのでしょう。…まして割れてる。

この時から、割れた金玉が腫上がり、血の小便が吹き出ている夢を、年に一度くらい見るようになりました。

 

 

ポット

昔のポットは、言わば取っ手のついた魔法瓶でした。取っ手を持って傾けてお湯を注ぐ形です。

いつの頃からか、そのポットに電気コードがついてポンプ式になりました。この頃、よく太腿を火傷した患者が来たそうです。テーブルの上に乗ったポットに肘をついて話をしていて、太腿の上にジャーッとお湯を注いでしまうわけです。…で、私もやってしまいました。慌ててGパンを脱いで火傷はしませんでしたが、熱い目には遭いました。ロックが掛かっていると思ったとかでなく、何気なくやりました。

現在うちのポットは、コードの無い、旧式の傾けるポットです。コレは何も長谷川が事故に懲りて、信念からそうしているわけで無く、私がコード付きの押し出しポットを分解掃除して、組み立てられなくなったことによるものです。狂気夫人には大変不評ですが…お湯はやかんで沸かしてポットに注ぐのが正しいのです。

 

 

縫い目

赤ん坊の下着は、一見裏返しのようです。おとなの服と違って縫い目が外にあるからです。なぜ外にあるかというと安全のためだそうです。

アトピー性皮膚炎の赤ん坊のお母さんが、子供に手袋を作りました。赤ん坊が痒くて顔をボロボロに掻き毟ってしまうからです。このお母さんは袋を縫い終わると裏返して縫い目を中に、つまり大人と同じようにして赤ちゃんにつけてしまいました。子供は顔を掻こうとして手を動かしました。そのうちに手袋の中で糸がほつれて、指に絡まってしまいました。でも赤ちゃんですから脱ぐことも、「気持ち悪い」と言うことも出来ません。

しばらくして、お母さんが手袋をとった時には赤ちゃんの二本の指は壊死して、切断するしかありませんでした。

おとうさん、赤ちゃんの下着の縫い目は外ですよ。

 

 

ひき肉

精肉工場の女工さんが腕をミンチの機械に巻き込まれました。

紐を引っ張って、袖口をしゅっとすぼめる服をつけていました。袖から紐をぶら下げたまま、機械に肉を突っ込んでいて、紐を機械に絡め取られたのです。

同僚の工員さんが慌てて機械を止めた時には、肘まで機械に入っていました。止めなかったら腕までもっていかれた挙句、引き千切られるか首の骨を折ったかもしれません。その女工さんは、病院が近いせいもあってか、救急車でなく同僚に付き添われて歩いて病院にきたそうです。通りを…肘から先にミンチになった手をぶら下げて。

「痛くなかったのかな?」と訊くと、いっきに手を潰されたのだから、神経が麻痺して痛くないのだろう、でもショックで顔は真っ青だった。という答え。「でも今ごろは麻酔も切れて痛がっているだろうね。」

その夜は女工さんの痛みを想像して震えて寝ました。ひき肉になった腕はどうしたのかな。

 

 

がさごそ耳

夏になると時々、現れる患者さん。

「先生!耳の中が、がさがさうるさい、痛い、助けてください。」

耳の中を覗くと、いました。

ムカデの小さいヤツ、ヤスデが。

ヤスデはバックができないそうです。寝ている人の耳に入ると、出ようとして奥へ奥へと入って行き、自分では出られません。鼓膜の前でじたばたされた方は気が狂いそうということで。みなさん、寝床のヤスデは外に出して寝ましょう。

 

 

かんかん足

最近では見ませんが掘りゴタツで昔はよく事故が起こりました。

子供が中で遊んでいて一酸化炭素中毒になったり。足を中央部の煉炭に突っ込んで火傷したり。

一度、膝から下を掘りゴタツで真っ黒に焼いたオジさんが担ぎ込まれて来ました。何故そんなになるまで足を引き抜かなかったのか。酔っていたか、酸欠で気を失っていたかでしょう。長時間かけて炭化した足を医者が棒で叩くと カンカン と金属音がしたそうです。

 

 

寄生虫

身体の調子がおかしいと来た中年の患者さんを調べると、どうも寄生虫がいるらしい…ということで身体を切る事になりました。

腕だかどこだか、末端を切ると、そこに白いミミズみたいなのがいたそうです。ピンセットでつまんで水の入ったシャーレに入れると、ピュピュピュッと泳ぎ出しました。看護婦さんは悲鳴を上げて後ずさり。寄生虫は全身至るところにいて、全部取り出すのはとても無理でした。

こんな例は見たことも無いので、先生は学術書を読み漁り、なんと古文書で同じような病気に行き当たりました。

「あなた、生で蛇を食べたことありませんか。」

「はい、小さい、頃祖父に身体に良いとマムシの刺身を食べさせられました。」

蛇の寄生虫だったそうです。「その人はどうなるの?」とマザーに訊いたところ

「いずれ虫が脳に回って死ぬよ」との答えでした。皆さん蛇は焼いて食べましょう。

 

 

焼身の人

畑で灯油をかぶって火をつけた男性が運び込まれたそうです。

29才の浪人生でした。

救急車で運ばれてきたのは「表も裏もわからない炭」でした。その炭が担架の上でうめき声を上げた時、新人の看護婦は目を回して倒れました。

手術室で先生が「ペニスをかんしでチョンとつつくとボロリと崩れ落ちた」そうです。

全身100パーセントの火傷では助かる可能性はありません。患者は別室のベッドに移されました。(手術台の上ではなるべく死なせないとか。縁起が悪いという理由で) そこで一瞬だけ、患者こと炭素が病室にひとり残される時間ができました。まもなく看護婦が病室に戻る、と同時に彼女の絶叫があがりました。

マザーと医者が駆けつけると、ベッドの上に顔も指もペニスも裏表も無くした黒い人が仁王立ちになっていました。

暫くゆらゆらした後、彼はベッドから倒れ落ちようとしました。

看護婦が慌てて支えようとしましたが、医者が「もういい!」と叫んだので思わず手を引きました。

黒い人はそれから数時間後息をひきとったそうです。

 

 

殺人

長谷川が小学生の時、伝説の「ブドウ園」というのがありました。

友達から伝え聞いた話では、そのブドウ農家の主婦と子供が何者かに手斧で惨殺されたという事。そこの主人が犯人らしいが証拠が無いので捕まっていない、しかもその話を聞いたその日が時効らしい。いや、その主人は懲役15年を終えてもうじき出所するらしい、などなど。

ブドウ園は地域の心霊スポットでありました。新聞社が賞金を出して、今は廃屋となったその家に泊まる人を募集したところ、数人が応じたものの、みんな逃げ出して、残った一人は精神に異常をきたしたという噂がたちました。

ブドウ園はかなり山の中に入ったところだったので一度も行く事は無かったのですが、一度だけ近くの道路を通ったことがあります。夕暮れ時、道の向こうを白髪の老人が歩いていました。友達が老人を指して言いました。

「あの爺さん、ブドウ園の人殺しだぞ。刑務所から出て普通に暮らしてるんだ。」

僕と友達は走って逃げました。

大学生の時、丹波哲朗が日本全国の心霊スポットを紹介するテレビ番組で「ブドウ園」が紹介されていました。再現フィルムでは、ある夜突然、亭主がツルハシを、布団で寝ている女房と子供に振り下ろしていました。動機については何も語られず、その後近所の人がたびたび夜、ブドウ園でヒトダマだの被害者の亡霊を見たという話が続きました。

それから暫くして、マザーとの会話でブドウ園が話題になりました。

「ああ、あの親子ね。」

あの!? 

どの親子だと訊き返すと、なんとマザーは伝説のブドウ園の親子の遺体の検死に立ち会ったというじゃないですか。

「あの夜は当直があたししかいなかったから、先生と死体を開いたさ。旦那から顔をよき(小型の斧)でメッタ打ちにされて目も鼻もわからん。ヘアピンが何本も脳に突き刺さったのを全部ペンチで引き抜いて、あたしが一人でお風呂で洗って白装束着せてやったとよ。」

ああ…ちっくしょう、小学生の時聞いていればヒーローだったのに。

 

 

ヤンキー烈風隊

病院にはいろんな人が運び込まれます。ある時、暴走族の人が事故で運び込まれて来ました。その人は、暴走中に首の骨を折って、頚椎を損傷したのです。マザーによると、おそらく一生首から下は麻痺したままだそうです。ある日、マザーはその人の物マネをしました。哀れさを誘うへなへな声で

「看護婦さ〜ん、鼻のアタマに蝿がとまってるのを、追っぱらってぇ〜〜〜〜」

その後、「お前はトロいんだから、バイクに乗るなよ」と付け足しました。

いまだに車もバイクも免許は取っていません。

 

 

腎臓ころころ

長谷川の母(長谷川マザー)は看護婦です。上沼恵美子と土井たか子に似ています。

だから長谷川は「看護婦」と聞いても興奮しません。長谷川の看護婦のイメージは「白衣の天使」ではなく、手術用の薄緑の割烹着みたいなのに血がついてて、片手に人間の臓器を持った人です。

 小学生の時、友達の中山と病院にいました。マザーに小遣いをねだりに行ったのでしょうか、記憶があいまいですが。手術室の前にいると、手術が終わったばかりのマザーが出てきました。緑の手術着に返り血を浴びて。片手にシャーレ。その中には二つに割れた赤い丸いもの。ゴルフボールくらいだったと思います。

「ほら、割れた腎臓!」

何が楽しいのか(きっと手術が成功したことでしょう)、嬉しそうにシャーレの中で腎臓を転がすと中山と長谷川を置いて、マザーは去って行きました。

べつの記憶の中には、切断した人間の腕を持ってうろついているマザーの記憶もあります。長谷川グランドマザー(マザーのマザー)は長谷川が小さい頃、腫瘍のため左腕を切断していたので、その時の記憶か、それともその後に作った義手を持っていた記憶か、はたまた他人の手か、ねつ造した記憶か。今となっては不明。

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