おばけのオンロック(その1)

長谷川哲也が幼少時代、寝る前に母親からくり返し聞かされた話がある。

オンロックという化け物の話である。

親の言うことを聞かない子供はオンロックが捕まえに来るぞ。と、よく脅された。

オンロックは明らかに子取り鬼の一種である。

容貌に関してはよくわからない。とにかく真っ黒で巨大であることは確かだった。

顔というものは無いのかもしれない。

そいつは山の中に住み、時々子供を狙っては木々をざわざわとかき分け、里に下りて来るらしい。

民家の明かりも見えぬ山中を提灯片手によく行かされたリトル長谷川には

真っ暗な山中に潜む真っ黒な怪物は架空の生き物ではなく、

現実のものとして恐ろしかった。

聞いた時の印象としては、

オンロックが来るのは母親が子供に愛想を尽かしたとき、

という条件があったようで、

そこには何らかの親と怪物の暗黙の契約がある、といった感じだった。

話には歌が付いていた。

「おばけのおばけのオンロック。

お前は大バカ大間抜け。

腹が立ったらやって来い。

キコイはここだよ、椰子の実だ。」

母親はオンロックが来るぞと言った後、

かならず節をつけてこの歌を歌うのだが、はっきり言って意味不明であった。

明らかにオンロックを挑発する歌だ。

キコイって誰だ?なんで椰子の実なんだ?

 

謎が謎を呼び、いつしか記憶は薄れ、オンロックの恐怖からも開放されたと思った高校生のとき、

突如としてついに、オンロックの正体が明らかになる日がきた。

オンロックは母親の自作の化け物ではなかったのである。

 

 

おばけのオンロック(その2)

高校時代、長谷川はデキル子だったので図書館に入り浸っていた。

字の多い本を読むとなぜか頭が痺れるのでもっぱら絵本を読んでいた。

とは言っても「僕を探して」などの哲学的な絵本が多かったので、やはりデキル子であることは間違い無かった。

ある日、図書館の膨大な絵本の中から偶然手にした本が

「おばけのオンロック」だった。

当然のごとく見たとたん頭が痺れた。気がつくと、やっぱり図書館の中で1、2秒経っていた。

フィリピンの民話だった。なぜかフィリピンの民話だった。

なぜフィリピンの民話???

長谷川マザーはフィリピン人ではない。モンゴル人だ。そりゃあもう絶対にモンゴル人だ。では何故モンゴル人がフィリピンの民話を…?戦争中に流行ったのだろうか。

たしか古川タクが挿絵を描いていた。へんな怪物だった。顔は無かった。白い牙が2本だけあった。

 

「おばけのオンロック(ダイジェスト・ストーリー)」

がしゃん、がらがら

「こらーキコイ!おまえまた油をこぼしたね。いったいいくらすると思ってんだい!」

「ああっごめんなさい。でもこれはジャコウ猫が・・・」

「言い訳すんじゃないよ!真っ暗な中でご飯食べなきゃならないじゃないか。おまえなんかオンロックに取られておしまい!」

「ひぃーっ」

かわいそうなキコイはくそったれジャコウ猫のおかげでえらい目に遭うのです。

オンロックはふだん森の中に住んでいますが母親の委託を受けると夜、森からやってきて子供を捕まえて食ってしまうのです。

びびったキコイは物知りさんに相談しました。

「ああ、それならオンロックを出しぬいてやる方法を教えてやるよ。」

「ほんとう?おじさん。」

「ええと、まず森で一番高い椰子の木をこう、ぐぐっとたわませるだろ。」

「ふんふん」

「ほいで降りてきた椰子の実の一番でっかいのをぱかっと二つに割っとくんだ。」

「へぇへぇ」

「んでな、木を繋いだ足元に線を引いて、オンロックを思いっきり馬鹿にするんだ。」

「するとどうなるの?」

「オンロックが怒って出てくる。キコイ逃げる。オンロック追いかける。キコイ逃げる。」

「きゃあああああ」

「キコイはさっき引いた線を跳び越える。いいか、決して踏むなよ。そしてオンロックが線を踏んだ。すると・・・ぱかあああん」

「どうしたの?」

「椰子の実がオンロックを閉じ込めて合わさり、木はしゅるるるるると真っ直ぐ伸びる。」

「うわぁ、良かったぁ」

「オンロックはずうっと椰子の実に閉じ込められて木の上。」

「おじさん!僕さっそくそのトラップ仕掛けに行くよ。」

キコイは明るいうちにブービー・トラップを仕掛け暗くなると例の歌を唄います。

「おばけのおばけのオンロック。

お前は大バカ大間抜け。

腹が立ったらやって来い。

キコイはここだよ、椰子の実だ。」

すると森の中から巨大なオンロックが姿をあらわしました。

「キコイーぶっ殺す」

キコイは逃げ出しました。怖くて怖くてたまりませんでした。

「そこかーキコイ」

オンロックが追いかけてきます。キコイは怖さのあまりおじさんの注意を忘れてしまいました。

頭がクラッシュしたキコイが地面に引いた線を踏んだ瞬間

「ぱかあああん」

キコイは椰子の実に閉じ込められ地上50メートルに宙ぶらってしまいました。

「どひぃぃぃぃ!ばかばか、ぼくのばかっ」

「うわっはっはっは、キコイは大馬鹿、大間抜け。死ぬまで椰子の実の中でくらしていろ」

オンロックは大笑いして去って行きました。

「うわああん、出してぇ〜」

キコイの泣き声は誰にも届きませんでした。

その夜フィリピンにスペイン人が攻めてきました。

征服して植民地化する気なのです。

フィリピンは上へ下への大騒ぎ。

「キコイーキコイーどこだい

オンロックあたしのキコイを返しておくれーっ」

「なんだー今更、ダメだダメだ」
「本気じゃなかったんだよー

あたしの息子をどうか返してー」

「帰れ帰れ」
「そんなこと言わないで

スペイン人が攻めてきたんだよー

あんただって逃げなきゃ」

「なに?スペイン人!?

スペイン人はオレも苦手だ

逃げなきゃ、あばよ」

「その前にキコイを返しておくれー

キコイキコイキコイキコイ」

「あーもぉうるせぇなー

わかったわかった。」

オンロックは椰子の実をおろして二つに割ってキコイを出してやりました。
「うわーん、おかあさん」

「キコイごめんよー」

「勝手にやってろ。

オレはこの椰子の実に隠れるからスペイン人がいなくなるまで開けるんじゃないぞ」

そう言うとオンロックは椰子の実に入り、スルスルと木のてっぺんに登ってしまいました。
その後、フィリピン人たちは勇敢にスペイン人と戦いました。大勢死にました。

キコイのおとうさんも死にました。

それから何十年か経ちました。

キコイは学校を出て立派な大人になっていました。

今でもよくオンロックのことを考えます。

「オンロックはあれからどうしたんだろう。」

あの動乱の日、嵐がスペイン人を追い払いました。

すべてが終わった後、椰子の木を見ると椰子の実はなくなっていました。

きっと嵐で飛ばされてしまったのでしょう。

そして椰子の実は川を流されて…

海へ…

今の子供たちはオンロックを知りません

「オンロックというおばけがいた」と言っても信じません。

キコイはなんだかオンロックが可哀想になりました。オンロックに帰ってきて欲しいと思いました。

「おばけのおばけのオンロック。

お前は大バカ大間抜け。

腹が立ったらやって来い。

キコイはここだよ、椰子の実だ。」

 

あたま
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